中学校の時、ずっと憧れてた先輩と付き合うようになった。
ちょっとグレててあんまり評判もよくなかったから、お母さんが心配したんだね・・・
それまであたしの恋愛に口を出さなかったのに
「あんたが泣けばお母さんだって悲しいんだからね。自分を大切にしなきゃ。」って。
その時きっとあたしは反抗期だったんだね。なんか言い返したっけ。
お父さんが単身赴任でウチにいなくって、お母さん大変だったろうな。
いっぱい迷惑かけたし。。。。
今一人暮らしをはじめて、お母さんのありがたみ、家族の大切さ、ひしひし感じています。
やっぱり家族ってたいせつだな。
あたしは今看護婦さん目指してがんばっています。
そしてその時の彼はイイ旦那さんになっているそうです。
他人の生き方を、覗き見しようなんて気持ちは、全くないのですが、掲示板を見ていると昔の自分を、重ねてしまう事があります。
都会から、田舎へ嫁いで十数年・・振り返って見れば楽しい事より苦しかった事の方が、多いのかも知れない。
ちょっとお腹が出て来た夫、娘からムーミンパパ我が家のマスコットと、からかわれなんだか嬉しそう。
何年か前の辛かった日々が嘘の様。
苦しくて苦しくて逃げ出したかったけれど、子供達の笑顔がいつも支えてくれた。
今、とても穏やかな生活・・。
夏も終わりかけ、ほんの少し秋の風を感じた朝。
頑張って来て良かった・・。
私に誇れるものは何もないけれど、ただ一生懸命生きて来た。
まだまだこれから頑張るぞ。
いろいろな事にチャレンジだ..。
ひーちゃん、メグをひいてお散歩が出来るようになったかな。
今ね、お姉ちゃんがひーちゃんたちの像をこしらえたよ。
みぃも、きれいな色でお絵描きをしているわ。
おばあちゃま、メグ、ひーちゃん。
どうぞお幸せに。
見守っていてくださいね。
昔、家出をして千葉市の駅近くの公園で人生では何をすべきかと考えていた。「あたしは、そんな女じゃないからさ。」と高校生の女の子が噴水を見ながら、彼氏を口説いていた。夜も更けて初老の浮浪者が「兄さん40円貸してくれんか。コーラを飲みたいんじゃが足りないんじゃ。」と言って来たので貸してやった。結局人生では何も出来なかった。
メロディが聴きたくてこの頁を開けていたら、
居間で長女が口ずさみながらエレクトーンを弾きはじめた。
しばらくすると今度は、幼稚園のときのアルバムや作品を
取り出してきてニコニコしている。
いい友達に親子共々で出会えた大切な場所。
まさに「思い出のアルバム」。
思い出のアルバム。
ありがとう。たくさんの想い出。み―ンな、言葉にして残しました。何年か経って、こんな青春時代があったことを(とても青春時代なんて言える年じゃないけど)私にとっては青春です。あの人のことも、そして今私の心にある人のことも。想い出は宝だけど、想い出になってしまったら、もう、卒業なんですよね。少し寂しい。でも人生なんて、出会いと、別れの繰り返し。あの頃の自分が生涯で一番しあわせだったってそのときは思えても、何年か経ってセピア色に変わったとき、みんな、私の人生の一つのエピソードにしかないんだって、思います。
13歳で知り合って、15歳で異性として見るようになった。16歳のとき初デート。17歳でステディな仲に。初恋は実らない、の名言のもと、つかず離れずを繰り返しながら、20歳でいったんピリオド。
でも、元々が兄妹のような付き合いだったから、それでも新しい恋の話や愚痴も言い合ってこれた。夫との結婚が決まっても、変なしこりもなく祝福してもらった。当然のごとく、未練なんてのもお互いになかった。私はバラ色気分で夫命の花嫁だったもんね。
今流れている「思い出のアルバム」に、かなりヘビーに傾いてる自分の心が、溶かされるよう。ありがとう。ありがとう。
友達だと思ってたのに私が病気になったら急に連絡くれなくなったね。なんで?オモスギタ?それとも嫌いになった?別にあなたに私の人生背負ってもらおうなんて思ってなかったよ。ただ病気になる前と同じ変わらない態度で接して欲しかった。なんかショック。まだヌケダセナイヨ。
昨日までの私、思い出にできるかな・・・・
きれいなきれいな悲しい思い出に・・・・
去年の今ごろ、すごく幸せだったなあ。
あんな幸せ想像もしてなかった。
4月から新しい世界へ踏み出して、不安だらけの日々を送って、
毎日疲れてた。
そんな日々が急に幸せな日々に変わった。
幸せって、突然やってきて、突然いなくなって、
まったく迷惑なやつだよ。
でも、またいつか突然やってきてくれることを期待してるぞ!
そんな日が来るまでがんばるよ。